勇気づけの嵐

木更津キャッツアイ ワールドシリーズ
10月28日(土)シネマライズほか全国一斉ロードショー
(C)2006 映画「木更津キャッツアイ ワールドシリーズ」製作委員会
いよいよやつらが、帰ってくる!笑いと涙の完結篇!!

ぶっさんの死後3年。キャッツたちはぶっさんに、そして大人になりきれない自分自身に、最初で最後の"ばいばい"を言えるのか!?

■ 監督:金子文紀 ■ 脚本:宮藤官九郎
■ 出演: 岡田准一、櫻井翔、酒井若菜、
岡田義徳、佐藤隆太、塚本高史、
阿部サダヲ、山口智充、ユンソナ、
古田新太、森下愛子、小日向文世、
薬師丸ひろ子、栗山千明、MCU
公式サイト

自由研究
by u73213
カテゴリ
以前の記事
外部リンク
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
愛と勇気とチェリーパイ
at 2018-01-08 23:52
精神分析/分析心理学
at 2017-12-28 21:03
支配・操作と支援
at 2017-12-19 11:02
自分と神
at 2017-12-09 21:51
仕事/交友/愛
at 2017-11-29 13:33
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

精神分析/分析心理学


<シリーズ・アドラー心理学キーワード>


【精神分析/分析心理学/教育分析】


ちょっと気分を変えて、人名と参ります。


原因論と目的論等、学説の違いについては前に少し書いてますが、しっかり書くと大変な分量になります。


いずれまた書かせて頂きますので、ここでは、人物やアドラーとの接点なんかについて簡単に書いてみましょう。


*「フロイト」


ご存知、精神分析の父。


人の無意識を重視した心理学のパイオニアで、その業績は大変大きなものがあります。


アドラーは、彼の「夢判断」が医師仲間から批判にさらされている時に擁護した事等がきっかけで、手紙によって研究仲間の定例集会に招待されました。


その後、論文「器官劣等性の研究」が絶賛されたり、ウィーン精神分析協会の会長まで務めましたが、学説の隔たりは大きかったんですね。


性欲動優位の考えを脅かされたと動揺して、ユングに「アドラーは被害妄想。」とまで言ったフロイトですが、この様に自身の学説に合致しない事を絶対に許さなかったので、後年アドラーだけでなく、ユングも同じ様に、仲間を連れて離れて行く事になります。


それにしても、この離反が気に入らないからと言って、「オレが有名にしてやったんだぞ。」と言った、大物芸能人が言いそうな発言はまあアリとしても、背の低い事を動物に例えてあげつらい、裏切り者扱いで攻め立てる大人げなさは、如何なものかと思いますね。


その為か、穏やかさが際立っていたアドラーも、フロイトの弟子扱いされると本気で怒ったと言います。


実際、教育分析を受けた事もないし、あくまでも対等の共同研究者でありました。


フロイトからの独立騒動では、SMAPの様に、出ようとする側に大きな困難はなかったのです。


*「ユング」


ユングについては、キーワード・劣等感にも沢山書いてますので、こちらも是非ご参照下さい。


牧師の息子であるユングの著書には、アドラー以上に聖書からの引用がありますし、東洋思想等も取り込みながら、神秘的な理論を展開しました。


人類共通に働く心の深い奥の方にある普遍的無意識や、それを通して起こる虫の知らせ等、因果関係に拠らず同時に起きる関連現象を言う共時性等の考えは有名ですね。


アドラーは原因論や神秘主義には近づきませんでしたが、ユングに対して特に批判はしていない様です。


また、ユング派の河合隼雄先生の著書宗教と科学の接点」では「原因を追及しての悪者探しは心理療法に有害で、これからどうするかが重要」と、アドラー心理学の目的論、責任性の理論を援護する様な記述に加えて、もう一つ因果関係に拠らないものとして「思考機能より感情機能を高め、共時性に注目する事によって療法の効果が得られる」と書かれていて、これも理解できます。


ユングは、フロイトやアドラーの学説について、性と権力と言う2つの道筋によって、私達の暗い無意識を探求したと高く評価しつつも、これら無意識は、光ある自己実現と共存して行くと考えていました。


無意識は味方にもなるんですね。


そしてアドラーは、優越への力をユングの言っている事に止まらず、目的論を取り込む事により、暗いものから光ある明るい建設的生き方へ導く為の技法開発に力を尽くしました。


更に、共同体感覚等の考えがこれらを強力に導く鍵となりました。


意識と無意識は分離対立せず、一体となって、この劣等克服の目的を追及するとの全体論を考えた事で、無意識探求だけで終らず、意識の力で代替案を実践し改善して行くと言う、実用性の高い心理学を確立できたのです。


勿論、信仰の力を活かす事等で、ユングが言う様な、無意識に深く降りて行く事による自己実現も、無意識に絡み取られてしまう事にさえ気を付ければ充分にあり得ますが、取り組み易さと言う点ではアドラー心理学が群を抜いていますね。


他にちょっとこれはアドラーと違うなあと思うところにつきましては、また稿を改めて書かせて頂きます。



<シリーズ・アメブロ過去記事の復刻>


【フランクル】


心理学者V.E.フランクルは、紀子様の愛読書で世界的ベストセラー「夜と霧」の著者です。


アドラーに師事していた事はよく知られていますが、アドラーの特定の考えに異を唱え離脱していった人との間立ってしまい、結局フランクルもアドラーから離れる事になります。


理論面での相違はあまり無い様に思われますが、強いて言うなら、アドラーは「力への意思」フランクルは「意味への意思」。


アドラーは、人の言動は利己的な劣等克服を目的としてなされ、自分の意思・力でこれを成して行くと考えました。


一方フランクルは、「夜と霧」にある様に、アウシュビッツ等ナチスの収容所での生活に於いて、絶望して働けなくなりガス室へ送られて行く人と、自分も含めてですが、ここから出られた後を想像しつつ希望を持ってしかも利他的に生き続けた人の違いを目の当たりにし、大きな気付きを得ました。


過酷な状況では、はなっから利他的な生きる意味を目的として見出していないととても乗り切れたもんじゃない。


こんな状況からは何も期待するものはなく、むしろ人生が我々に何を期待しているのかを考える。


そして、「私達は生きる意味を問うてはならない。人生こそが問を出しているので、私達は答を出さねばならない存在。」との言葉を残しています。


二度とこんな事が起きない様に貢献したいと考え続けて「意味への意思」で生き残った彼は、上述の問いかけ、そして運命に振り回される事なく自己決定する事が、極限状態で生き抜く糧になるとも言っています。


人間側から劣等克服と言う形で目的が実現されるとするアドラーに対し、目的である生きる意味が、外の大きな存在から客観的に問われているとするのがフランクルです。


ただ、アドラーも第一次大戦後、理想としての共同体感覚と言う鍵概念を確立し、劣等克服に於いては利他性の高いライフスタイルを使う事の重要性を主張していますので、相違は出発点、つまり、極限状態か否かだけの様にも思えて来ます。


現にフランクルは後年、アドラー後継者との接触を保っていました。


この辺については信仰等との絡みも含め、また続編として取り上げてみたいと思います。


最後に、フランクルの治療技法についても触れておきましょう。


また「さとラジ」での嵐・大野さんの言葉。


うーん。終わったことを、とやかく。ふっ。思い返したり、しないっすね。終わったから、もう、しょうがないじゃない。例えば、そこでミスったら、次から気をつけようと言う...。その気持ちさえあればぁ、いいんじゃないですかねぇ。


また、リスナーからの


私は、今月から遊園地で働くことになりました。常に笑顔でお迎えしたいと思ってるのですが、私は昔から恥ずかしがり屋で、笑顔がぎこちなくなってしまいなかなか自然な笑顔を作ることが出来ません。智くんの笑った顔は、見ている方まで幸せな気持ちになる様なとっても素敵な笑顔ですが、そんな素敵な笑顔…どうやったら出来るんですか?


と言う相談に対して


も、ホントに、心からぁ…楽しい...で、笑えばいいんじゃないですかぁ?もう、でも、子供みてたらぁ...自然と笑って来ますよ。なんか、変になんも考えない方がいいんじゃないすかねっ?

うーん。


そして、反省除去療法についてのフランクルの言葉。


「考え込まないことです。あなたの根源を探ろうとしないことです。あなたの内部の混乱を見つめないで、あなたを待っているものに目を向けてください。」

「大切なのは、心の中に潜んでいるものではなく、未来であなたを待っているもの、あなたによって表現されるのを待っているものなのです。」

「とにかく、自分自身に目を向けないで下さい。あなたの内側でおこっていることを見つめないで、あなたになされるのを待っていることを探してください。」


フランクルを読んだとしか思えない大野さんの言葉です。


<シリーズ・旅の写真帳>


磯庭園からは、桜島や海水浴場をバックにしたC57が狙えました。

e0295037_10241630.jpg

またまたC57貨物の写真ですが、最近新たな雑誌記事も見つかりました。


同じ九州の肥薩線(人吉までの川線)やご近所の亀山-鳥羽間にもあったそうです。


参宮線の方は、D51の旅客も撮影してますので、その日にならないとどちらが牽いて来るか分からないまぜこぜ運用だったのでしょうか。


結構融通が利くんですね。


さて、鹿児島機関区での鉄道100年イベントも訪ねてます。

e0295037_10242435.jpg
e0295037_10235803.jpg

その日、日豊本線にはC61+C57+C55三役揃い踏み三重連も走りました。

e0295037_10240760.jpg


こちらは、阿蘇の麓、立野の急坂をスイッチバックで前後しながら登る豊肥本線の9600型。


到着後は後退から。

e0295037_10244560.jpg

折り返して別線に入ります。

e0295037_10245743.jpg

そして、どんどん坂を登って行きます。

e0295037_10250907.jpg

近くでは、立野駅から枝分かれする高森線のC12も撮れます。

e0295037_10252353.jpg
e0295037_10262015.jpg

ここらでは、我らが二人連れに声をかけて下さった先輩撮り鉄さんと楽しく過ごせました。


さて高森線を更に進んで、阿蘇をバックにしたC12です。

e0295037_10263769.jpg

待ち時間中、あまりにも喉が渇き、水を頂こうと近くの民家を訪ねたのですが、ヒヤリングができず大いに焦りました。


方言のもの凄さを思い知ったのです。


さて、貧乏学生の事、帰名は在来線の乗り継ぎでしたが、無冷房を窓の開放でしのいでいると、ある事に気付きました。


日陰では九州の方が涼しいと。


名古屋が近づくにつれ、熱風が吹き込んで来るのです。


湿度の違いですね。


さあ、雪深い南稚内から始まった本シリーズ、次回からは私鉄編に入りますが、地元鉄道の、しかも形式写真がほとんどで、ここにふさわしいものがあまりない様です。


うまく作文でカバーできますかな?


(続く)


<鉄道動画集>


YOU TUBE「スヌーピー1」からご覧下さい。


(続く)


[PR]
by u73213 | 2017-12-28 21:03 | Comments(0)

<< 愛と勇気とチェリーパイ 支配・操作と支援 >>